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【SLE闘病記】難病全身性エリテマトーデスと診断されるまで4年かかった!はじまりは発熱から

闘病記

全身性エリテマトーデスと診断されるまで4年かかった!難病と共に今を生きる

全身性エリテマトーデスは、

英語で『Systemic Lupus Erythematosus』

といいます。

その頭文字をとり『SLE』と略して呼ばれます。

全身性エリテマトーデス『SLE』と

診断されるまで4年かかりました。

 

全身性エリテマトーデスの診断には

診断基準があります。

それを満たさないと診断されません。

症状が多岐にわたるため、

類似した別の病気との判別が難しい

事が原因にあります。

 

私の場合、診断基準に満たなかったため

SLEの診断になるまで

4年かかりました。

 

診断に至るまで

症状、思いを書いています。

参考になれば幸いです。

 

SLEの診断基準

SLEの診断基準は次の通りです。

<診断基準>
① 顔面紅斑
② 円板状皮疹
③ 光線過敏症
④ 口腔内潰瘍
⑤ 関節炎
⑥ 漿膜炎
⑦ 腎病変
⑧ 神経学的病変
⑨ 血液学的異常
⑩ 免疫学的異常
⑪ 抗核抗体陽性

 

上記の項目、4項目以上を満たす事

 

②重症度分類に重みづの点数が表されています。

点数は、SLEDAIスコアとなり

SLEDAIスコア:4点以上を対象となった場合

SLEDIスコアの評価

 

この2項目を満たす場合

全身性エリテマトーデスと診断されます。

 

あいさつ

私は、大手企業に就職して20年以上経ちます。

そこでは、エンジニアの仕事をしていました。

毎日、仕事が忙しく毎日残業の日々が続いて、

帰宅して寝るだけの生活でした。

 

嫁さんとの出会いがあり、

結婚、子供に恵まれ

2児の父となりました。

 

休日になると、

子供と、遊園地、キャンプ、海へ

連休には、東京ディズニーランドへ行ったり

色々なところに遊びに行っていました。

忙しい中でも楽しい生活を送っていました。

 

はじまりは微熱から

2010年から、はじまります。

暑かった夏が過ぎ、

涼しい季節が訪れた秋のことです。

 

年齢は、36歳

普段と違い、体が重い感じがしていました。

夏バテと思いました。

 

はじまりは、微熱から

 

体温を測ると『37.1度』と微熱がありました。

すぐに熱は下がるだろうと

安易な気持ちでいました。

 

一週間過ぎても

いっこうに下がる気配がありません。

これが私に最初に起きた始まりの出来事です。

 

微熱が続いて倦怠感が続いていたため

総合病院へ受診して検査をしました。

採血、尿検査を行いました。

 

<検査結果>
異常ありません

 

採血、尿検査の結果には、

特に大きな変化がないため

原因が不明でした。

そのため、対処療法となりました。

解熱剤を処方されました。

 

しかし、

1ヶ月過ぎても微熱が下がりません。

さすがに、おかしいと思い

他の総合病院を受診しました。

 

<検査結果>
『異常はありません』

 

検査結果に異常がないため

対処療法となります。

解熱剤を処方されました。

 

このままの状態で

原因がわからないまま

半年が過ぎました。

 

冬が過ぎて、春になりかけた頃

微熱が引いていました。

 

何が原因だったか

その時は、わかるすべがありません。

 

微熱がなくなり、体調が良くなると

何事もなかったように

普段の生活に戻っていきました。

 

めまい発症

それからしばらく経過しました。

次に症状が出たのは、

『めまい』でした。

 

朝起きると

『めまい』がしました。

初めての経験です。
朝起きて目をあけると、

部屋がぐるぐると回っています。

気持ちが悪く吐きそうです。

 

平衡感覚を保つことが出来ず

立ち上がることができません。

 

しばらくすると、

落ち着いてきて

立ち上がることが出来ました。

 

歩き始めは、

ふらつきや、吐き気があり、

気分が悪く

吐いていました。

 

すぐに耳鼻科を受診しました。

診断は『メニエール病』になりかけていると

診断されました。

 

原因は『ストレス』

 

ストレスが引き起こしているため

これを改善する必要があります。

 

続くめまいの症状はこちら

 

体重減少

仕事が忙しい日々が続いていました。

毎日の残業で、体が重く

疲れが溜まっていました。

 

家に帰って寝るだけの生活

ストレスも溜まり

疲れが溜まると

感覚が鈍ってきます。

 

そのため、

食事がおいしいと

思わなくなっていました。

 

食事がおいしいと思わないと

食事量が減ります。

 

体重計で計測してみました。

 

平均体重:60kg
体重計:55kg5kg減量

 

『体重:55kg』でした。

5kg少ないです。

 

体重が減少すると、

体力がなくなる感がじます。

 

この体重の減少から、

1週間後に、体調不良が起こります。

緊急入院となります。

 

【詳細記事:はじまり】

1.膠原病のはじまりは微熱から体重減少の原因は前兆だった!
膠原病 全身性エリテマトーデスになり、これからの人生は、始めからゼロのから難病生活の始まり。ゼロの闘病記のブログです。今までの経験談を書き記しています。 40代男性、難病と診断されそれからの人生。ゼロの闘病記、入院、副作用、経験談など

 

 

全身性エリテマトーデス(SLE)と診断されるまで

ここからは、順番に診断された病名を、

書いています。

 

入院、退院を繰り返して

難病の診断が増えていきます。

 

 

起きた症状や経過を書いています。

 

特発性血小板減少性紫斑病(通称:ITP)

特発性血小板減少性紫斑病は、

英語で『Idiopathic Thrombocytopenic Purpura』

といいます。

その頭文字をとり

『ITP』と略して呼ばれます。

 

『ITP』は、血小板減少をきたす

他の明らかな病気や薬剤の服薬がなく

血小板数が減少し、

出血しやすくなる病気です。

 

病気が起こってから

6ヶ月以内に血小板数が正常に回復する

「急性型」は小児に多く、

 

6ヶ月以上血小板減少が持続する

「慢性型」は成人に多い傾向にあります。

 

血小板数が10万/μL未満に減少した場合

この病気が疑われます。

<難病情報センターより引用>

 

紫斑(赤い斑点)を発見!

2012年5月になります。

5月連休はすべて仕事でした。

仕事が忙しかったため、

休みなく仕事をしていました。

 

5月の連休が過ぎて、

連休明けに休暇が取れた時の出来事です。

 

食事の後に歯磨きをします。

いつも通り歯磨きをしていると、

歯ぐきから出血するようになりました。

 

歯周病(歯槽膿漏)かな

と思っていました。

 

1ケ月が過ぎ

6月も終わりに近づいた頃です。

 

お風呂に入った時に発見しました。

 

肩にあざみたいな

赤い紫斑がありました。

 

体のあちこちを調べてみると、

太ももの内側、腕の内側に

赤い斑点、紫斑が

あちこち出来ていていました。

 

はじめての出来事で

何かが体に異変が起こっている事が

わかりました。

 

皮膚科受診

紫斑を見つけたのは、

金曜日の夜の出来事でした。

翌日の土曜日、皮膚科を受診しました。

 

皮膚科、受診の時の内容です。

 

先生)皮膚の病気ではないですね。

採血しましょう・・・。

私)お願いします

先生)採血結果は、

1週間後結果が出ます。

1週間後に受診ください。

 

この日は、診断だけで

採血をして帰宅しました。

 

翌日、体調に異変が起こります。

 

朝起きると体が重く頭が痛いです。

体温を測ると『37度』の微熱がありました。

この日は、1日を寝て過ごしました。

 

発熱

月曜日の朝5時に目覚ましが鳴りました。

目覚ましで、目が覚めました。

 

いつも出勤は、

朝6時に家を出るため

朝5時に起きます。

 

起きると前日と同じく

体が重く、頭痛がしました。

 

体温を測ると

『37.2度』ありました。

倦怠感がひどく、発熱があるため

起き上がることが出来ません。

 

今日は、会社を休みます。

そのまま、眠りについていきました。

 

『トュルル、トュルル』

電話が鳴る音で、”ビクッ” と

目が覚めました。

 

『仕事場へ連絡忘れた!』

『会社からか!』

と思いすぐに電話を取りました。

 

皮膚科の先生から緊急連絡

飛び起き電話に出ると、

先日受診した、

皮膚科の先生からの電話でした。

 

時計を見ると、朝8時でした。

 

受話器から皮膚科の先生の声が聞こえました。

採血結果が出ました!

 

詳細をお話ししたいので、

絶対に仕事に行かず、

すぐ来てください!

と連絡がありました。

 

皮膚科の先生から

直接の電話!

これは

ただ事ではない!

 

熱があり体が重いです。

一人で皮膚科に行くことにしました。

 

皮膚科に到着して、

受付を済ませ、待合室で待ちます。

 

しばらくして、呼ばれました。

先生から、採血結果の説明です。

 

血小板 0.4 万/μl でかなり危険な状態です。

大きい総合病院へ紹介状書きますので、

『必ずこのまま行ってください』

と言われました。

 

総合病院へ連絡はしてあります。

必ず、どこにもよらず

受診してくださいと言われました。

 

すぐに、

総合病院へ向かいました。

 

緊急入院

総合病院へ到着して、

受付へ行き『招待状』を見せました。

 

まきばさん、内容は聞いていますので、

車いすで案内します。

血液内科になります

と言われました。

 

血液内科に到着して、

すぐに受診でした。

受診の後、採血をしました。

 

採血結果を待ち受診します。

採血結果を見ながら

主治医からの説明です。

 

先生)入院です。

私)入院ですか?

一度、家に帰って

荷物とってきていいですか?

 

 

先生)だめです、

もう帰れません。

私)はい。

(状況が分かっていない)

 

熱もあり、体も重くフラフラで

意識がもうろうとしていました。

 

とにかく、早くベットで横になりたい

気持ちでいっぱいでした。

 

追加の検査があります。

検査した後に病室に案内しますと

伝えられました。

 

骨髄検査

追加の検査は、『骨髄検査』です。

『骨髄検査』は、初めてです。

すこし、痛いです。

動かないでくださいと言われました。

 

少し痛いをうのみにしていましたが、

その痛みは、想像以上の痛みでした。

生命力が吸い取られるような

感覚の痛みでした。

 

特定されない病名

その日の検査がすべて終わりました。

主治医から、今日の最終検査結果の

説明がありました。

 

血小板の低下の原因は

まだわかりません。

 

骨髄検査の結果です

『白血病』ではないです。

 

10項目の病名から

消去法で探りますと

主治医から言われました。

 

今日は安静にして、

病室から出ないようにしてください。

 

血小板が少なすぎるので、

どこかに頭をぶつけたり、

転んだりしたら

命の危険があります。

 

今日はここまで終わりです。

長い、長い~

1日が終わりました。

 

これからどうなるのだろうと

不安しかありませんでした。

そう思いながら眠りについていきました。

 

ここまでの詳細な出来事はこちらから

 

診断:特発性血小板減少性紫斑病(通称:ITP)

朝、目が覚めると

仕事に行かなければと思い

ベットから起き上がりました。

 

病院のベットの上です。

昨日の事が思いだされました。

入院したのです。

 

普段なら仕事に行く時間です。

外を眺めていると、

遠くに電車が窓越しに見えました。

 

いつもなら、

あの電車に乗って通勤しています。

しばらく、外を眺めていました。

 

今日も朝から採血があります。

ベットの上で採血されました。

 

朝食が運ばれてきました。

初めての病院食です。

朝はいつも菓子パンですが、

病院食は、牛乳、軽い食事で

いつもより豪華に見えました。

 

朝食を終えると、

しばらくして、

先生の巡回がありました。

主治医がカーテンをゆっくりと開けて

声をかけてきました。

 

先生)おはようございます。

眠れましたか?

私)はい、眠れました。

 

治療方針の説明がされます。

発熱の原因は、何かの感染症が考えられます血小板が低すぎます

感染症の可能性もありますが

継続してみていきます。

 

病名ですが

『突発性血小板減少性紫斑病(通称:ITP)』

といいます。

 

指定難病になります。

初めて聴く病名で覚えられません。

 

私)どれくらいで

良くなりますか?

先生)入院期間は、

治療してみないとわかりません。

半年は覚悟してください。

 

私)そんなにですか?

 

何が起きたのか、

私は何も考えられなくなりました。

 

何が原因? 

 

この事で頭がいっぱいです。

もとに戻らない?

治らない?

 

何度も、何度も頭の中を

その言葉がめぐりました。

混乱状態です。

 

ステロイド治療

ステロイド治療を始めていきます。

最大量での投与

私は、体重55kg、身長190cmです。

ステロイド量は、55mg

 

まずは、早急に

少ない血小板 0.4 万/μlを、

増やさないといけません。

 

血小板は、通常 13.8-30.9 万/μl です。

0.4 万/μlは、非常に危険な状態です。

 

どこかに、頭をぶつけると、

頭の出血が止まらなく、

命の危険な状態になります。

少しでも危険リスクを回避するため、

病室から出るのは禁止です。

 

この時の私は、

医療の知識がほとんどなく

現状が理解できていませんでした。

 

血小板が少ないので、

血が止まらなく、

危険な状態ぐらいしかわかりません。

 

ITP治療の詳しい内容はこちら

 

入院治療

ステロイド治療がはじまりました。

ステロイド治療が始まり、

3日が経過しました。

しかし、血小板の上昇はほどんどなく

効果がないと思われました。

 

明日の結果を見て、

治療方針を決めますと主治医から言われました。

 

ステロイド治療4日目に、

血小板の上昇がみられました。

【採血結果】
・血小板 2.5 万/μl

少し回復の兆しがありました。

 

その後、日にちが経過すると共に

血小板が徐々に上昇していきました。

 

1周間経過すると、10万/ulになりました。

 

その後は、

血小板が少ないながら、

上がったり下がったりしました。

 

血小板:7.0 万/μlまで下がったり血小板:10.0 万/μlまで上がったりしました。

 

血小板が安定して来たので

ステロイドの減量が始まります。

 

2週間毎に5mgの減量をします。

減量のタイミングで、

血小板:6 万/μl 台まで

下がる事もありました。

 

ステロイドの減量は血小板が減少するため

非常に難しいと感じました。

 

ステロイドの減量=退院が短くなる

これだけが心の支えです。

 

退院

ステロイド減量を幾度ともなく繰り返し

ステロイド量30mgまで下がりました。

 

ステロイド量30mgの減量まで

4ケ月かかりました。

 

ステロイド30mgで血小板、体調が

安定したため

退院できることになりました。

 

退院前の主治医からの説明です。

退院後も継続して、通院治療となります。

これから、病気と付き合っていかなければなりません。

何か体調に変化があればすぐに受診してくださいと

伝えられました。

 

私は感謝の気持でいっぱいでした。

今まで病気とは縁がありませんでした。

入院中は、主治医、看護師さんが一生懸命

治療、看護いただきました。

 

一人の患者へ、

ここまで一生懸命対応していただき

本当に涙がでるほど感謝の気持ちでいっぱいです。

 

家族に支えられ気持ちが安定出来ました。

家族への感謝も忘れてはいけません。

 

難病と診断された時は、

先が見えなく不安ばかりでしたが

なんとかなりそうな気持ちになりました。

 

【詳細記事:突発性血小板紫斑病(ITP) 】

2.診断 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
日常生活から難病患者へ 入院期間、40代男性SLE闘病記ブログ 特発性血小板減少性紫斑病 ITPの治療 ITP血小板診断、抗体

 

仕事復帰に向けて

退院後、通院治療になりました。

体力の衰えが酷く、

毎日少しづつ体力回復を頑張りました。

 

徐々に気力が戻り、

仕事復帰をしなければと強く思い始めました。

 

仕事復帰について、

職場、主治医に相談しました。

主治医からは本人の意思にまかせますと言われましたが

職場では、

すぐに仕事復帰の許可が降りませんでした。

復帰してすぐに体調崩し入院では

許可が出せないとの理由でした。

 

4ケ月間の入院から仕事復帰への道のり

仕事復帰まで2ケ月かかりました。

難病になると、仕事復帰がとても大変です。

無理が厳禁です。

 

生活していくには働かないといけません。

治療費、生活費を稼がないといけません。

これが現実。

 

【詳細記事:仕事復帰 】

SLE発症から仕事復帰 1弾!4ケ月間の入院から仕事復帰への道のり
SLE 4ケ月間の入院、仕事復帰へ向けて、退院後2ケ月かけて仕事復帰までを紹介いたします。 すぐに復帰するのは無理な理由。 SLE 40代 ゼロの闘病記 生活ブログ 何をすればよいか、何から始めていけばよいかわからない方へ、私が仕事復帰するまで、どのように過ごし、体力づくり、精神の安定のさせかた。

 

SLE発症から仕事復帰 2弾!これからの自分と向き合う
SLE発症から仕事復帰の闘病記。仕事復帰は、元の部署へ復帰後どうなったか、困った事。 現場主体の仕事、力が必要な仕事の場合、転職を考える。 仕事復帰後、これからの自分と向き合う行動をする。過去の自分を捨てる。

 

 

抗リン脂質抗体症候群(通称:APS)

抗リン脂質抗体症候群は、

英語で『antiphospholipid syndrome』といいます。

その頭文字をとり『APS』と略して呼ばれます。

 

抗リン脂質抗体症候群は、

血中に抗リン脂質抗体とよばれる

自己抗体が存在し、さまざまな部位の

動脈血栓症や静脈血栓症、習慣流産などの

妊娠合併症をきたす疾患です。

 

【詳細記事:抗リン脂質抗体症候群(APS) 】

足の腫れの原因は抗リン脂質抗体症候群による血栓
SLE発症時、足の甲の部分が赤く腫れと痛みの症状の原因は、全身性エリテマトーデスに合併する抗リン脂質抗体症候群による血栓症でした。 その時の症状、体験談をまとめています。

 

抗リン脂質抗体症候群の診断

次の検査項目のうち

1項目以上が存在する場合

(1)ループスアンチコアグラントを
12週間以上の間隔をおいて2回以上検出
(2)中等度以上の力価のIgG型またはIgM型の
aCL(抗カルジオリピン抗体)を
12週間以上の間隔をおいて2回以上検出
(3)中等度以上の力価のIgG型またはIgM型の
抗β2-GPI(グリコプロテイン)抗体を
12週間以上の間隔をおいて2回以上検出

<厚労省ホームページより引用>

 

私の場合、

通院中、毎回採血をしています。

その時に

(1)の項目が該当しました。

そのため、『抗リン脂質抗体症候群』と診断されました。

 

診断された時は、採血結果から診断されましたが

症状はなかったため、経過観察となりました。

 

数年後、足に血栓症を起こし

足の痛みとともに腫れて、

歩けなくなる程の症状が現れました。

 

【APSの詳細記事はこちら】

足の腫れの原因は抗リン脂質抗体症候群による血栓

 

自己免疫性溶血性貧血(通称:AIHA)

自己免疫性溶血性貧血は、

英語で『autoimmune hemolytic anemia』といいます。

その頭文字をとり『AIHA』と略して呼ばれます。

 

自身の赤血球に結合する 自己抗体 (蛋白)ができて、

赤血球が異常に早く破壊されておこる貧血です。

いろいろな病型があり、原因もさまざまです。

体温付近(37度)で抗体の結合が強いものを温式、

体温以下(特に4度)で結合が強いものを冷式と呼びます。

赤血球に自己抗体が結合し、

補体(蛋白)と共同して血管内で赤血球を破壊するものと、

自己抗体や補体を介して主に脾臓で破壊されるものがあります。

<難病情報センターより引用>

 

兆候

仕事復帰して2年経過した頃、

通院治療で順調に回復していきました。

ステロイドは、『0mg』となり、

寛解(かんかい)の状態になりました。

 

完治したのでは?

という思いにもなりました。

 

その頃、仕事が忙しくなり、

体調も良いこともあり、

以前のように仕事ができる錯覚に

おちいっていました。

 

しばらくすると、

異変が起き始めました。

通勤電車の中で呼吸が苦しくなったり

階段を登ると息切れをしたり

 

と言った症状がではじめました。

体力が落ちたかな?

疲れが溜まったきた?

程度にしか思いませんでした。

 

この状態が、2週間程続いていました。

土曜日、朝の出来事です。

朝目を覚まし起きると、

体が重く頭が痛いです。

体温を測ると『37.5度』ありました。

『発熱』です。

悪夢がよぎりました。

これは、やばいかもです。

 

再燃

次の日曜日、

熱があるためか、体が重く

起き上がれなくなっていました。

 

月曜日になっても、熱が下がりません。

すぐに通院している病院へ受診しました。

 

待合室で待っていると

順番が呼ばれました。

立ち上がろうとしましたが、

立ち上がると吐き気が酷く、

椅子に横になり、

うずくまってしまいました。

吐き気がひどくなり、

一人では立ち上がることが出来なくなりました。

 

看護師さん気づいて、介助していただき

車椅子で受診しました。

 

主治医)こんなになるまで、ほっといて!

なぜ、もっと早く受診しなかったのですか?

家族の方へお話がありますので、

入ってもらってください

私)一人で来ました

先生)・・・・・。

急いで、

家族の方に来てもらってください

入院です!

 

また、やってしまいました。

 

緊急入院

 

主治医から説明がありました。

採血結果の説明

【採血結果】
・ヘモグロビン(Hb)6.8g/dl
・血小板18万/μl

 

【ヘモグロビンが低いです】
通常:12.6~16.6 g/dl です。
女性の場合、10.0ぐらいまで下がる事はあります。
男性の場合、10.0以下になることはないです。

 

ヘモグロビンが低いと酸素濃度が低下します。

パルスオキシメータで、酸素濃度を計測します。

 

動脈血酸素飽和度(SpO2)60%

 

酸素濃度が異常です。

 

【酸素濃度】
一般的に96~99%が標準値とされ、
90%以下の場合は十分な酸素を全身の臓器に
送れなくなった状態(呼吸不全)に
なっている可能性があるため、
適切な対応が必要です。
~日本呼吸器学会のホームページより抜粋~

 

急遽、酸素マスクをはめる

状態になりました。

 

酸素マスクをはめて、ゆっくりと深呼吸・・・。

60%・・70%・・80%・・90%・・

動脈血酸素飽和度(SpO2)98%、

まで、ゆっくり回復しました。

 

診断:自己免疫性溶血性編貧血(通称:AIHA)

主治医医からの説明

診断結果

診断:自己免疫性溶血性貧血(通称:AIHA)

という診断です。

 

すぐに、ステロイド治療の開始です。

自己免疫性溶血性貧血はの治療は

ステロイド療法です。

ステロイドの投与65mgを一ヶ月続け

その後、状態が安定したら

ゆっくりと減量していきます。

 

入院治療

ステロイド投与を始めました。

 

入院2日目の採血結果

【採血結果】
・ヘモグロビン(Hb)5.4g/dl
・血小板18万/μl

 

ヘモグロビン(Hb)が、

下がり続けていて悪化しています。

 

【症状】
・呼吸が苦しい
・トイレで、尿をすると便器はまっか赤になる

とても立ち上がれる状態ではありません

今までにない、つらい状態です。

 

入院3日目の採血結果

【採血結果】
・ヘモグロビン(Hb)5.3g/dl
・血小板24万/μl

 

【症状】
・酸素吸引しているため苦しさはなし
・吐き気が酷い
・何も食べれない状態

日々、状態が悪化していることが実感できます。

意識ももうろうとしてきています。

 

入院4日目の採血結果

【採血結果】
・ヘモグロビン(Hb)5.3g/dl
・血小板20万/μl

 

ヘモグロビン(Hb)変わらず・・・。

回復の兆しがありません。

ステロイドの効果がありません。

 

そろそろだめかもと思い始めます。

吐き気が酷く、意識がもうろうとしています。

 

覚悟決める

次の日も改善が見られないときは

輸血します。

輸血すると、副反応が起こります。

通常の生活に戻れないかもしれません。

 

今は命の危険があり、

緊急な状態であるため、

輸血しかありません。

 

【私のは思い】
覚悟を決めないといけない
最悪の事を考えておこう

最後に残す言葉を書き留めておこう。

 

回復の兆し

朝から足音が聞こえてきました。

朝から主治医がみえました。

 

入院5日目の採血結果

【採血結果】
・ヘモグロビン(Hb) 7g/dl
・血小板18万/μl

 

ヘモグロビン(Hb) 5.3g/dl → 7g/dl

 

先生)採血結果を見ながら

少し回復の兆しが見えてきました、

輸血なしでこのまま、

なんとか、もちこたえましょう・・・。

 

私)

助かりそうな感じです。

少し元気が出てきた感じがしてきました。

少しでも体力を戻そうと思いました。

 

少しでも何か口に入れようと思い

ゼリーを食べて頑張ろうと思います。

 

入院6日目の採血結果

【採血結果】
・ヘモグロビン(Hb) 8g/dl
・血小板18万/μl

 

徐々に回復に向かい出しました。

なんとか山場を乗り越えたようです。

 

まだ、やるべきことが残っているのでしょう。

これからの事をもっと

真剣に考えないと行けません。

そう心に強く思いました。

 

その後、以前と同じ様に

ステロイドの減量がはじまり、

4ヶ月の入院生活を過ごし

退院することができました。

 

【AIHAの詳細記事はこちら】

再燃!自己免疫性溶血性貧血(通称 AIHA)で覚悟を決める

 

3.再燃、自己免疫性溶血性貧血(通称 AIHA)
再燃して緊急入院、自己免疫性溶血性貧血(通称 AIHA)になり、呼吸困難、ヘモグロビン低下による低酸素となった。 輸血するかの判断、元の生活に戻れない可能性、死の覚悟した瞬間。回復していくまでの記録。

 

全身性エリテマトーデス(通称:SLE)

自己免疫性溶血性貧血を発症して、

根本の原因となる病名が発覚しました。

 

今回の自己免疫性溶血性貧血は、

難病「全身性エリテマトーデス(SLE)」

とから併発しました。

 

『全身性エリテマトーデス』と診断されました。

 

突発性血小板紫斑病と診断されてから、

4年が経過しました。

根本の原因となる病気は

『全身性エリテマトーデス』でした。

 

原因を特定するまで、

4年という長い月日がかかりました。

これからの治療方針が変わります。

ステロイドと免疫抑制剤を使いながらの治療。

 

これからは病気と一生付き合いながら

仕事をしながら治療になり

不安が残ります。

 

【詳細記事:全身性エリテマトーデス(SLE) 】

4.診断 全身性エリテマトーデス(SLE)
自己免疫性溶血性貧血(AIHA)になり入院、再燃で全身性エリテマトーデス(SLE)と診断された。 再燃まで何が起こったか、前兆、再燃の40代男性 SLE,入院,ブログ闘病記

 

難病と診断された時の思い

はじめての入院から、12年が経過しました。

ここからは、その思いを書いています。

 

初めての入院から始まり、

医師から難病と診断され、

不安の毎日でした。

自分との闘いの日々、

思ったことを書いています。

 

難病と診断され思った事

難病と診断された時に思った事
1.何が原因だったのか
2.これからどうなっていくのか
3.治らない病気とどのように付き合っていけば良いのか
4.もう元の生活に戻れないのか
5.仕事復帰はできないのか

 

始めはこの事ばかり考えて

毎日が不安の日々を送っていました。

 

なぜ私が?

何が原因?

先が見えない生活

 

自分だけではない

入院していると、

周りには多くの方が

入院治療しています。

いろいろな病気があり

その病気と闘っている人はたくさんいます。

 

私だけが不幸ではありません。

 

がん治療、白血病の治療をされている方は

前向きで闘病しています。

 

その方達を見ていると、

今の自分はなんて小さい人間と思います。

 

私は、前向きで闘病している方を見ていると

自分に勇気をもらっていました。

前向きになれる気がしました。

 

健康の時には、決して分からなかった事、

難病となり、今までの事を思い返します。

今まで考えたことがなかった

人への思いやりの気持ちの大切さ。

 

感謝すること

これからの生き方、

命を救っていただいた主治医や看護師さん、

そして家族への大切さが実感できました。

 

難病になったから感じた事、

今まで生きてきた中で見てきたことは、

自分中心であったこと。

本当の意味で見えてなかったことの実感。

その思いを、感じた事を思いのまま書いています。

 

訪問に来て頂いた方へ

何かのきっかけになればと思います。

 

 

闘病記
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