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2.診断 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)

闘病記

診断(特発性血小板減少性紫斑病:通称 ITP)

初めての入院

私は、「特発性血小板減少性紫斑病(ITP)」と診断され、

人生で初めての入院を経験しました。

この記事では、

診断に至るまでの経過と、

どのような症状が現れたのかを詳しく綴っていきます。

 

体調不良の始まり

私はエンジニア(設計)として働いており、

主にデスクワーク中心の仕事です。

平日休みはなく、休日出勤も多く、

まさに仕事漬けの毎日を送っていました。

 

最初の異変は、

微熱が出たり引いたりする

軽い体調不良から始まりました。

そんな状態を繰り返しながら、

日々の生活を送っていました。

 

仕事がさらに忙しくなり、

平日の残業、休日出勤が一層増えていきました。

 

5月、春が終わり初夏を迎える頃、

はっきりと、

体の異変を感じる出来事が起きました。

 

不審な出血と紫斑

歯磨きをしていると、

歯ブラシが真っ赤になるほどの

歯ぐきから大量の血がでるようになりました。

 

う~ん、

歯周病(歯槽膿漏)かな?

 

 

お風呂に入ると、

肩にあざのような赤い点々が…。

あちこちにできていました。

紫斑(しはん)です。

 

どこかに

ぶつけた思いはないけどな?

 

そして

その週の金曜日、

さらに異常は進行します。

今度は両腕の内側など

あちこちに、

赤い紫斑が無数に現れました。

 

なにかアレルギー?

虫刺さされ?

 

なにか、ただならぬ予感を感じました。

 

皮膚科受診

嫌な予感がして、

土曜日に仕事を休んで

近所の皮膚科を受診しました。

診察室で紫斑を見せると、先生は言いました。

 

先生)皮膚の病気ではないですね。

採血しましょう・・・。

私)はい

先生)採血結果は、

1週間後結果が出ますので、

1週間後に受診ください。

 

採血を終え、

先生からは「結果は1週間後に出るので、

再度受診してください」と言われました。

その日はそのまま帰宅しました。

 

翌朝の異変と電話

翌日、朝起きると体が重く、

熱を測ると『37度』の微熱。

起きるのもつらく、

一日中寝て過ごしました。

 

予感

月曜日の朝5時、

目が覚めたものの体は重く、

熱を測りました。

熱は『37.2度』。

「今日は会社を休もう…」

そう思いながら、

いつの間にか寝てしまいました。

『ぴりり、ぴりり』

電話が鳴る音で、”ビクッ” と

目が覚めました。

 

『会社からか!!』

飛び起き電話に出ると、

先日受診した、

皮膚科の先生からの電話でした。

先生:

「採血結果が出ました。大事な話があります。

絶対に会社には行かず、すぐに来てください!」

 

普通、受診した先生から電話ある?

ないよね?

ただ事ではない!

 

熱があり体は重かったですが、

急いで皮膚科へ向かいました。

 

皮膚科での衝撃

到着してすぐに再び採血が行われ、

結果が出たあと先生に呼ばれました。

先生:

「血小板が 0.4 万/μl。かなり危険な状態です。

今すぐ大きな病院に行ってください。」

総合病院にはすでに連絡済みで、

「絶対にどこにも寄らずに向かってください」

と強く言われました。

頭がぼーっとしながらも、急いで総合病院へ向かいました。

 

緊急入院

病院に着くと、

受付で紹介状を渡すと、

準備がされていて、

すぐに車いすで案内されました。

 

私)いえいえ、

自分で歩けますので大丈夫です

受付)

かなり危ない状態ですので、

『車いす』でお願いします。

 

はい、わかりました。

受付)車椅子で

血液内科へ移動します。

 

血液内科へ移動し、

採血の後、診察室に呼ばれました。

 

採血結果を見ながら。

 

先生)入院です。

私)??

いったん、

家に帰って荷物とってきていいですか?

先生)だめです、もう帰れません。。

私)え、・・・・。

(状況が分かっていない)

 

今まで、入院したこともないし、

すぐ帰れると思っていました。

 

状況が飲み込めず、

ただただフラフラで

意識も朦朧としていました。

「とにかく横になりたい」

と思いました。

 

検査があります。

その後に病室へ案内しますと伝えられました。

 

付き添いの方は?

と聞かれましたが、

一人できましたので

『いません』と伝えると

すぐに家族に連絡してくださいと言われ

何とか連絡しました。

 

検査と説明

骨髄検査

初めての体験『骨髄検査』です。

すこし、痛いです。

動かないでくださいと言われました。

 

「動かないでください」

と言われて臨んだ検査は、

想像以上の痛み

 

生命力が吸い取られるような、

強烈な感覚でした。

 

続いて追加の採血も行われ、

両腕は絆創膏だらけに…。

 

先生からの説明

先生からの説明では、

  • 血小板の低下の原因はまだ不明。

  • 白血病ではないとのこと。

  • 10の病名候補から消去法で診断を進める。

という説明がありました。

 

とりあえず、

白血病ではないです。

後は採血結果が出てからです、

今日は安静にして、

病室から出ないようにしてください。

 

血小板が少なすぎるので、

どこかにぶつけたり、

転んだりしたら

命の危険があります。

 

そしてすぐにステロイドの点滴が開始されました。

長い一日がようやく終わろうとしていました。

夕方の5時を過ぎていました。

 

これで、やっと寝れると思いました。

少し、休もう・・・。

白血病という言葉には

驚いて一気に目が覚めた気分。

 

これからどうなるのだろうと

不安しかありませんでした。

しかし、体力も気力も限界で、

沈み込むように寝ていきました。

 

診断(特発性血小板減少性紫斑病:ITP)

診断

翌朝、

仕事に行かなきゃ…

と目を覚ました私は、

病室のベッドの上にいることを思い出しました。

 

窓の外を眺めると、

普段なら仕事に行く時間です。

遠くに電車が窓越しに見えました。

 

いつもなら、

あの電車に乗って通勤していると思うと、

複雑な気分です・・・。

 

ベットの上で朝食をとり、

しばらくすると先生の回診がありました。

先生がカーテンをゆっくりと開けました。

採血結果の説明がされました。

 

先生)おはようございます。

寝れましたか?

私)はい、寝れました。

 

採血結果の説明がされました。

  • 発熱の原因は、何かの感染症も考えられます
  • 血小板が低すぎます

 

感染症の可能性もありますが

継続してみていきます。

 

病名ですが、

『突発性血小板減少性紫斑病(通称:ITP)』

指定難病になります。

 

私)すぐに良くなりますか?

先生)入院期間は、

治療してみないとわかりません。

半年は覚悟してください。

 

私)そんなにかかるのですか?

 

頭の中で「何が原因?」「どうして?」

と問いがぐるぐる回り、

混乱状態でした。

 

治療の始まり

ステロイド治療が始まりました。

最大量での投与と言われました。

 

私は、体重55kg。

ステロイド量は、55mgから

始めることになりました。

 

何より急がないといけません。

血小板、たったの0.4万/μl

 

 

通常は、

血小板は13.8~30.9万/μlありますが、

私の数値は0.4万/μl。

頭を打ったり、

少しの衝撃でも命に関わるレベルです。

 

「病室から出ないでください」

そう、先生、看護師さんに言われました。

外出禁止。病室から一歩も出られない。

 

でも、当時の私は医療の知識が乏しくて、

この状況の本当の怖さをわかっていなかった。

 

血小板が少ないので、

血が止まらなく、

危険な状態ぐらいしかわかりません。

それが、精神的に不安を軽減していたと思います。

 

入院2日目

外はまだ暗く、

病室の中も静まり返っていました。

「おはようございます」

看護師さんが静かに入ってきて、

慣れた手つきで採血の準備をしてくれます。

朝早くから、

本当にありがとうございます。

そう心の中で呟きながら、

採血されるのを待ちます。

そして数時間後、

先生が検査結果を持って病室に来てくれます。

 

2日目の採血結果

【採血結果】
・血小板 2.3 万/μl

 

少し上がった。

ちょっとだけ、光が見えた気がした。

「このまま、回復してくれたら…」

そう思わずにはいられない。

このまま回復していけば大丈夫だよね。

順調に回復していけばと思う。

 

入院3日目の変化

朝5時。

また採血の時間。

少しずつ慣れてきたけど、

やっぱり慣れない。

血管を探す看護師さんの手、

ひんやりとした消毒の感触・・・。

何本の採決の後があり腕が痛い。

「病気」と向き合っている現実を突きつけてくる。

数時間後、

今日も先生が病室に来てくれました。

 

3日目の採血結果

【採血結果】
・血小板 0.8 万/μl

 

——下がった。

期待していた矢先に、

突き落とされたような気持ち。

そして、先生の重い言葉が追い討ちをかけます。

 

先生)血小板 0.8 万/μl

ステロイドが効きません

私)どうなるのですか??

 

 

先生)明日の採血結果を見て、

次の治療法を始めましょう。

 

私)ステロイド効かないと

どうなるのですか?

先生)採血結果を見ながら

治療を考えていきます。

 

頭が、真っ白になった。

言葉の意味はわかるのに、

理解が追いつかない。

 

頭が真っ白になる。

「どうなるんですか?」

思わず口に出ていました。

 

「明日の結果を見て、次の治療を考えましょう。」

そう言われても、心は不安でいっぱい。

 

頭の中で考えます。

「効かないってどういうこと?

このまま、ずっと治らないの…?」

どんなに考えても、答えは出ない。

不安。

もう、それしかなかった。

 

入院4日目

今日も、朝5時。

採血。

もう何度目だろうか。

右腕も左腕も、もう傷だらけ。

だけど、

今日こそはと祈るような気持ちだった。

「どうか、増えていて……少しでいいから……」

もう、これ以上さがらないで

なんだか祈るような気持ちだった。

 

そして数時間後。

先生が病室に入ってきたその顔には、

昨日までとは違う、

わずかな笑顔が浮かんでいた?

ような感じがしました。

 

4日目の採血結果

【採血結果】
・血小板 4.7 万/μl

 

先生)回復の兆しが見えてきました。

ステロイドの効果が遅かったですが、

効果があらわれてきました。

このまま

ステロイド療法を続けます。

私)良かったです。

何もわからないけど、

何とかなるかもしれない。

この日、初めて少しだけ心が軽くなった。

 

入院5日目

また朝。

5時。採血。

もう腕はボロボロ。痛い。

「どうか、どうか増えていて……」

祈る気持ちは昨日と変わらない。

 

採血結果をもって、

今日も先生が説明に来てくれます。

 

5日目の採血結果

【採血結果】
・血小板 6.2 万/μl

 

先生)回復の兆しが見えてきました。

ステロイドの効果が遅かったですが、

効果があらわれてきました。

このまま

ステロイド療法を続けます。

 

「ゆっくりだけど、確実に上がってきています。

ステロイドは効いるようです。

——ほっとした。

本当に、心から、ほっとした。

 

入院治療の経過

そこから、血小板の数値は少しずつ、

ゆっくりと上がっていきました。

血小板の正常値は 13.8〜30.9 万/μl

私の場合、

ステロイド治療の効果で

最大12.0 万/μl まで上昇。

でも、それがピークでした。

 

その後は、

  • 4.0 万/μlに下がったり

  • 10.0 万/μlに戻ったり

まるでジェットコースター。

上がるたびに希望が湧き、

下がるたびに不安が襲ってくる。

ステロイドの減量

治療がすすみ血小板が安定すると、

次はステロイドの減量が始まります。

 

ステロイドの減量は、

2週間ごとに5mgずつ

でも、この「減量」こそが、

また試練だった。

減らすたびに、

血小板は敏感に反応する。

4.0万/μl台まで落ちて、

何度もヒヤッとした。

 

「また戻ってしまうかもしれない…」

その不安と隣り合わせで、

一歩ずつ、少しずつ、

慎重に進んでいきました。

4ヶ月——。

ようやくステロイド30mgまで

減量になりました。

そして、

ようやく「退院」の二文字が見えてきた。

 

退院が見えてきた

長かった。

本当に……長かった。

先の見えないトンネルを、

手探りで歩いているような日々。

眠れない夜。

不安で押しつぶされそうな朝。

血小板の数字に翻弄されながらの日々、

いつ退院できると思い、願い続けた毎日。

でも、

あの真っ暗だった日々に、

ようやく光が差しはじめました。

血小板の数値が安定し、

ステロイドの量も少しずつ減っていく。

「退院」——その二文字が、

現実として目の前に見えてきたのです。

もちろん、

これで「治った」わけではありません。

治療は、これからも続きます。

不安も、まだ完全には消えていません。

でも、今はただ、

この時に感謝を感じます。

「退院できる」

この事実だけで、

心の中にひとつ、灯がともります。

今の私の心を支えてくれています。

 

命を救ってくださった想い

退院が見えてきた今、

この入院生活を振り返って、

まず最初に感じるのは——

「生きていることに感謝」ということです。

 

当たり前だと思っていた日常が、

どれだけ幸せな生活だったか、

この入院生活のなかで痛いほど感じました。

 

そして何より、

この命を救って頂いたすべての方々へ

心の底から、

ありがとうを伝えたいです。

 

担当の先生へ

何度も不安になり、

「このまま治らないのでは…」と

絶望しそうになった日々。

そんなとき、先生はいつも

冷静で、正確で、

でもどこかあたたかい言葉をくださりました。

 

その一言一言が、

どれだけ私の心を救ってくれたか、

本当にありがとうございました。

 

看護師さんへ

毎朝の採血、薬の準備、体調の確認、

どんなときも笑顔で寄り添ってくれた看護師さんたち。

人として向き合ってくださったことに

心から感謝しています。

 

家族へ

そして、何よりも

そばにいてくれた家族の存在。

心の支えになってくれました。

この病気になって、

「命」と「支え」を感じました。

人の温かさに触れられた、

忘れられない時間でもあります。

 

命を救ってくださったすべての方々へ——

心からの感謝を込めて。

ありがとうございました。

 

まとめ

入院から、4ケ月の治療が続きました。

ステロイド療法で血小板を維持することができ

退院の日を迎えることが出来ました。

 

もう、今までの日常に戻れることがないと

心が不安に押しつぶされていました。

でも、なんとか退院までこれました。

 

先生、看護師さん、家族の助けがあり

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

これから、

どうしていくか考えなければいけません。

日常生活の事、仕事の事。

 

退院前に先生から再燃についての説明がありました。

再燃すると同じ治療をすることになります。

再燃を予防するため

・紫外線対策をしっかりする事

・バランスの良い食事をする事

・過度なストレスを書けない事

このことを説明されました。

 

仕事復帰は、退院後通院に切り換わります。

通院しながら採血結果を確認しながら

安定しているかを判断してから

仕事復帰を考えた方が良いと

アドバイスをいただきました。

 

 

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SLE 4ケ月間の入院、仕事復帰へ向けて、退院後2ケ月かけて仕事復帰までを紹介いたします。 すぐに復帰するのは無理な理由。 SLE 40代 ゼロの闘病記 生活ブログ 何をすればよいか、何から始めていけばよいかわからない方へ、私が仕事復帰するまで、どのように過ごし、体力づくり、精神の安定のさせかた。

 

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膠原病の全身性エリテマトーデスと診断されるまで4年かかり、難病と共に今を生きる考え方を闘病記に書いています。 はじめて難病と診断された時の思い、これからの生き方をあらためて考させられます。 この闘病記を読んで、人生を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

 

 

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